自慢じゃないが、
と言ったあとには必ず自慢が続くものである。
で、自慢じゃないんだけど、
ことしも私立大学の入試はほぼ終わり、
何人かはめでたく進学先が決まった。
大学に合格したのは生徒の努力の結果であり、
ぼくが自慢することじゃないんだが、
ちーと自慢したいのはだね、
こいつら、何を考えているんだか、
受験が終わり、大学が決まり、
入学金まで納めているにもかかわらず、
今日もふつうに塾に来て、
ふつうに勉強を続けているのである。
大学に籍を置きながら来年も受験しよう、
なんていうわけでもない。
ただ、いつもどおりに勉強しているのである。
こいつは英語、こいつは生物、こいつは古文。
なかなかすごくない?
2007年02月28日
2007年02月27日
どうして落とす?
ある人が食パンをくわえて歩いていたら、
水たまりに、おいしそうな食パンをくわえた人が映っていました。
そこで「おい、そのパンをよこせ」と吠えたところ、
大事なパンは、口からぽろりと落ちてしまいました?
水たまりに、おいしそうな食パンをくわえた人が映っていました。
そこで「おい、そのパンをよこせ」と吠えたところ、
大事なパンは、口からぽろりと落ちてしまいました?
2007年02月26日
あらよっ!
おう、なんだよ。
じろじろ見てるんじゃねえよ。
イヌってのはな、小便するときにゃ足あげるもんだ。
って、両足あがっていますけど。
じろじろ見てるんじゃねえよ。
イヌってのはな、小便するときにゃ足あげるもんだ。
って、両足あがっていますけど。
2007年02月25日
ジャンクってジャンクのことだったんだー
もしかしたら、という抱くも愚かな期待を胸に
年末ジャンボを買ったのは、それほど遠いことではない。
宝くじというのは、
もともと売上の半分以下しか賞金に充てられていないから、
難しい計算をするまでもなく、
100円買っても50円以下しか戻ってこないものであるのは
明らかだ。
かつて「ふるさと創生」資金として一億円の交付を受けた
どこかの町が、使い途に困って全額宝くじを買ってしまった
ことがあったが、
確率的にいえば5千万円以下の当選金しか当てにできない
ものに1億円を使ってしまったわけであり、
まったく愚かというほかない。
もちろんこれはひとごとではない。
夢を買う、などという言いぐさは
自分の愚かさをごまかすだけのものだ。
こんなことを考えてしまったのは、
昨日買ったデジカメが、ちょうど
年末ジャンボ10枚分の値段だったからに違いない。くそー。
年末ジャンボを買ったのは、それほど遠いことではない。
宝くじというのは、
もともと売上の半分以下しか賞金に充てられていないから、
難しい計算をするまでもなく、
100円買っても50円以下しか戻ってこないものであるのは
明らかだ。
かつて「ふるさと創生」資金として一億円の交付を受けた
どこかの町が、使い途に困って全額宝くじを買ってしまった
ことがあったが、
確率的にいえば5千万円以下の当選金しか当てにできない
ものに1億円を使ってしまったわけであり、
まったく愚かというほかない。
もちろんこれはひとごとではない。
夢を買う、などという言いぐさは
自分の愚かさをごまかすだけのものだ。
こんなことを考えてしまったのは、
昨日買ったデジカメが、ちょうど
年末ジャンボ10枚分の値段だったからに違いない。くそー。
2007年02月24日
バクチはいけません
たとえばですよ。
今デジカメ用のSDカードが欲しいとするじゃないですか。
1GBのを大手量販店で買うと4300円くらいしますよね。
ところが大須に行くと、
メーカー不明、動作保証なしという代物が1480円で買えるわけです。
そうすると、きっと誰だって
3倍近い値段差というのは、安心料にしては高すぎる、
とか、
ここで不安になって、高いヤツを買ったら負けだ、
とか思いますよね、ね。
で、わたしも、多少の逡巡はするものの、
そういうときには誰もがするように
安いほうをおりゃーっと買ってしまうわけです。
動けば儲けもん、ってなもんですが、
幸いこれまで動かなかったことはありません。
でね、今日、
食事に出たとき中古のデジカメを見つけたのよ。
「バッテリーがないため、動作確認していません」
というジャンク品。
ジャンク品っていっても、ピカピカにきれいだったから、
あたしゃピンときたね。
こりゃ動くよ。
もちろんジャンクですから、動かないかも知れません。
でも、考えてみてください。
動くに決まっているものに高いお金を出して、
いったい何になるのでしょうか。
そこには安く買った満足感も、
ちゃんと動いた喜びもありません。
動くか動かないか分からない物にあえてお金を投じ、
それが動くから嬉しいのではないですか。
今日家に帰ったら、さっそく電池を入れてみます。
どうか動いてくれますように、ぱんぱんっ。
今デジカメ用のSDカードが欲しいとするじゃないですか。
1GBのを大手量販店で買うと4300円くらいしますよね。
ところが大須に行くと、
メーカー不明、動作保証なしという代物が1480円で買えるわけです。
そうすると、きっと誰だって
3倍近い値段差というのは、安心料にしては高すぎる、
とか、
ここで不安になって、高いヤツを買ったら負けだ、
とか思いますよね、ね。
で、わたしも、多少の逡巡はするものの、
そういうときには誰もがするように
安いほうをおりゃーっと買ってしまうわけです。
動けば儲けもん、ってなもんですが、
幸いこれまで動かなかったことはありません。
でね、今日、
食事に出たとき中古のデジカメを見つけたのよ。
「バッテリーがないため、動作確認していません」
というジャンク品。
ジャンク品っていっても、ピカピカにきれいだったから、
あたしゃピンときたね。
こりゃ動くよ。
もちろんジャンクですから、動かないかも知れません。
でも、考えてみてください。
動くに決まっているものに高いお金を出して、
いったい何になるのでしょうか。
そこには安く買った満足感も、
ちゃんと動いた喜びもありません。
動くか動かないか分からない物にあえてお金を投じ、
それが動くから嬉しいのではないですか。
今日家に帰ったら、さっそく電池を入れてみます。
どうか動いてくれますように、ぱんぱんっ。
2007年02月23日
すごい才能
メールを整理していたら、こんなんが出てきた。
甥っ子が5歳のときに作ったおはなし。
「昔々ある所に、勇ましい女の子がいました。
女の子は竜に食べられてしまいました。
女の子は竜のお腹の中で、
いつまでも幸せに暮らしましたとさ。」
こやつ天才か。
甥っ子が5歳のときに作ったおはなし。
「昔々ある所に、勇ましい女の子がいました。
女の子は竜に食べられてしまいました。
女の子は竜のお腹の中で、
いつまでも幸せに暮らしましたとさ。」
こやつ天才か。
2007年02月22日
飛び出しくん
毎朝出会う、飛び出しくん。
右手と右足がいっしょに出ているところが
歌舞伎の六方みたいでいなせである。
つぎの一歩はどう出すのだろう。
右手と右足がいっしょに出ているところが
歌舞伎の六方みたいでいなせである。
つぎの一歩はどう出すのだろう。
2007年02月21日
習い性を身につけよう
目で見てすっかり知っているつもりになっているけど、
じつは読み方があやしい字ってありますよね。
たとえば、
千変万化(せんぺんばんか)とか、
習い性(ならい・せい)となる、とか、
字は簡単なんですが、読みはけっこう怪しくないですか。
---------------------------------------
むかし授業中に先生が
「…という作品は、しゅっしょくの出来ばえだ」
なんて言うのを聞いて、
ほお、出色ってのはしゅっしょくって
読むんだ、と妙に新鮮に感じたことがある。
ではそれまでどう読んでいたか。
「でいろ」ではない。
「でしょく」でもない。
じつは、何とも読んでいなかったんだよねー。
こういうやさしい漢字は、
読めていなくても意外と気がつかない。
だからいかにも読めない漢字よりも、
ことによるとタチが悪いのかもしれない。
もっとも、
さっき挙げた「習い性となる」あたりは、
読めていないことを自覚していない人があまりに多く、
あまりに堂々と誤用をするためか、
「その人にしみついた習慣的な行動様式」
という意味はそのままに、
「ならいしょう」という名詞として定着し、
とうとう天下の広辞苑にまでに載ってしまった。
多数決の勝利というべきか。
でね。
それはそれでいいのだけれど、
いつかネットで目にした例は、さらなる進化を遂げていて、
さすがにちょっと驚いた。
どこかの学習塾のページだったか、
「こつこつ続けていけば、やがて習い性が身についていく!」
だってさ。
「習い性=勉強のクセ・習慣」だなんて、なかなかいい。
じつは読み方があやしい字ってありますよね。
たとえば、
千変万化(せんぺんばんか)とか、
習い性(ならい・せい)となる、とか、
字は簡単なんですが、読みはけっこう怪しくないですか。
---------------------------------------
むかし授業中に先生が
「…という作品は、しゅっしょくの出来ばえだ」
なんて言うのを聞いて、
ほお、出色ってのはしゅっしょくって
読むんだ、と妙に新鮮に感じたことがある。
ではそれまでどう読んでいたか。
「でいろ」ではない。
「でしょく」でもない。
じつは、何とも読んでいなかったんだよねー。
こういうやさしい漢字は、
読めていなくても意外と気がつかない。
だからいかにも読めない漢字よりも、
ことによるとタチが悪いのかもしれない。
もっとも、
さっき挙げた「習い性となる」あたりは、
読めていないことを自覚していない人があまりに多く、
あまりに堂々と誤用をするためか、
「その人にしみついた習慣的な行動様式」
という意味はそのままに、
「ならいしょう」という名詞として定着し、
とうとう天下の広辞苑にまでに載ってしまった。
多数決の勝利というべきか。
でね。
それはそれでいいのだけれど、
いつかネットで目にした例は、さらなる進化を遂げていて、
さすがにちょっと驚いた。
どこかの学習塾のページだったか、
「こつこつ続けていけば、やがて習い性が身についていく!」
だってさ。
「習い性=勉強のクセ・習慣」だなんて、なかなかいい。
2007年02月20日
2007年02月19日
またまたこんな夢
大学のときの集まりがあって、久しぶりに東京に出かけた。
短パンに長袖のTシャツという格好をして行ったら、
みんなきちんと礼服を着ていて、とてもきまりが悪かった。
おまけに罰として廊下の隅で正座をさせられたのが、
夢ながら何とも情けなかった。
どういうわけかこんな風に、
夢の中ではひとりだけ場違いな格好をしていることが多い。
今日は短パンだからマシだったが、
この間はパンツだったし、
ちょっと言えない姿のときもある。
なんなんだろうね、これは。
夢の中ではいつもこんな具合だ。
イヤな夢だけことさらに覚えてしまっているのかもしれないが、
どうも物事がうまく運ばない。
今日の夢でも、
ひとり来ていないヤツがいたから、
電話してやろうとしたのに、
携帯電話の使い方がどうしても分からなかった。
たまに空を飛ぶ夢を見ても、
1メートルくらいしか浮かないし、
歩いている人を抜かせない。
運転する夢では、
ブレーキとハンドルがまったく効かず、
他人の庭を暴走してしまう。
なんだこれ。
短パンに長袖のTシャツという格好をして行ったら、
みんなきちんと礼服を着ていて、とてもきまりが悪かった。
おまけに罰として廊下の隅で正座をさせられたのが、
夢ながら何とも情けなかった。
どういうわけかこんな風に、
夢の中ではひとりだけ場違いな格好をしていることが多い。
今日は短パンだからマシだったが、
この間はパンツだったし、
ちょっと言えない姿のときもある。
なんなんだろうね、これは。
夢の中ではいつもこんな具合だ。
イヤな夢だけことさらに覚えてしまっているのかもしれないが、
どうも物事がうまく運ばない。
今日の夢でも、
ひとり来ていないヤツがいたから、
電話してやろうとしたのに、
携帯電話の使い方がどうしても分からなかった。
たまに空を飛ぶ夢を見ても、
1メートルくらいしか浮かないし、
歩いている人を抜かせない。
運転する夢では、
ブレーキとハンドルがまったく効かず、
他人の庭を暴走してしまう。
なんだこれ。
2007年02月18日
先週行ったところ

この写真を見て、ピンと来た人は、
ちょっとした映画通かもしれない。
オダギリジョーと柴咲コウが主演した
「メゾン・ド・ヒミコ」の舞台である。
御前崎にあるカフェ、Welcome Tea。
日当たりのよい一角にある大きなテーブルに座ると、
庭のむこうに浜辺が見えた。
春を思わせる暖かな冬の日だった。
透明な光を浴びて波がやけに白い。
果てもなく続く波の寄せ返しを眺めているだけで、
いつのまにか気持ちが晴れ晴れとしてくる。
ぼくはメゾン・ド・ヒミコを観ていないし、
映画のロケ地だからといって特別な思い入れなどないのだが、
あの場所の、ふだんとはまったく違った空気は、
とてもよかった。
水平線がまあるく見渡せる海なんて、
これまでに見たことがあったろうか。
2007年02月15日
生きててよかった
4年ほど前から使っていたiPodが、いよいよヘタってきたらしく、
充電しても1時間くらいしか動かなくなってしまった。
毎日毎日がんがん使っていたので、納得の行くことである。
今となっては珍しい白黒ディスプレイの15GB。
酷使に耐えて、よく働いてくれた。
で、アップルにバッテリー交換を依頼したのだ。
往復送料税込みで、6800円。
別の業者に頼めば、もっと安くもっと大容量のバッテリーに
替えてもらえることは知っていたが、
あえてアップル本家に出したのにはわけがある。
なーんと。
アップルでは、
バッテリー交換、というのは名ばかりで、
実はまったくの新品と交換してくれるらしいのである。
ほんとかなー。
半信半疑のまま、待つこと一週間。
いよいよ返ってきたiPodを見てみると。
おお。
4年も使ってギタギタに傷をつけ、
そろそろハードディスクも危ないかも、と思っていたiPodが、
ほんとうに、ぴっかぴかの新品に代わっているじゃないか。
うひゃー。
感動しました。
もーれつに感動しました。
アップルさん、ありがとう。
3年経ったら、また頼みます。
古いiPodをお持ちのみなさん、ささ、こちらへ↓
http://www.apple.com/jp/support/ipod/service/battery/
充電しても1時間くらいしか動かなくなってしまった。
毎日毎日がんがん使っていたので、納得の行くことである。
今となっては珍しい白黒ディスプレイの15GB。
酷使に耐えて、よく働いてくれた。
で、アップルにバッテリー交換を依頼したのだ。
往復送料税込みで、6800円。
別の業者に頼めば、もっと安くもっと大容量のバッテリーに
替えてもらえることは知っていたが、
あえてアップル本家に出したのにはわけがある。
なーんと。
アップルでは、
バッテリー交換、というのは名ばかりで、
実はまったくの新品と交換してくれるらしいのである。
ほんとかなー。
半信半疑のまま、待つこと一週間。
いよいよ返ってきたiPodを見てみると。
おお。
4年も使ってギタギタに傷をつけ、
そろそろハードディスクも危ないかも、と思っていたiPodが、
ほんとうに、ぴっかぴかの新品に代わっているじゃないか。
うひゃー。
感動しました。
もーれつに感動しました。
アップルさん、ありがとう。
3年経ったら、また頼みます。
古いiPodをお持ちのみなさん、ささ、こちらへ↓
http://www.apple.com/jp/support/ipod/service/battery/
2007年02月14日
なかなか大変。
バレンタインディである。
この日をハッピーな気分で過ごせた人はどれほどいただろう。
人づてに聞いた話だが、
チョコレートをもらえそうにないからと
学校を休んでしまった男の子がいるという。
チョコレートがもらえないくらい冴えない男だということは、
チョコレートがもらえるかどうかとは関わりなく
はたから見れば分かり切ったことなのに、
まったく気の毒なことである。
さて、友チョコというのをご存じだろうか。
文字通り、友だち同士でやりとりするチョコのことである。
まず義理チョコの新しいバージョンと思えばよろしい。
なかなかほほえましいと言えば言えるし、
意中の男の子がいなかったり、
いてもなかなか渡せないような女の子には、
格好の代償行為になっているのかもしれない。
しかしこれはこれで、なかなか気が重いもののようだ。
誰かにあげる、ということは、
誰かにはあげない、ということでもあり、
この選択が実に難しい。
自分がチョコをあげた子から同じようにもらえれば問題はないが、
もらえなかったら
ああ、この子は私を友だちと思っていないんだ、と傷つくし、
逆に自分があげなかった子からもらってしまうと、
ああ、どうしよう、私はこの子を傷つけてしまった、
なんて悩むことになるらしい。
おそらく今日は、全国の何百万という女の子たちが、
こんなふうにものすごーく気を遣い、
神経をすり減らすような思いをしていたのだろう。
友チョコなんていう言葉を
誰が作って流布させたのか知らないけれど、
そう考えると、なかなかむごいもんだよね。
この日をハッピーな気分で過ごせた人はどれほどいただろう。
人づてに聞いた話だが、
チョコレートをもらえそうにないからと
学校を休んでしまった男の子がいるという。
チョコレートがもらえないくらい冴えない男だということは、
チョコレートがもらえるかどうかとは関わりなく
はたから見れば分かり切ったことなのに、
まったく気の毒なことである。
さて、友チョコというのをご存じだろうか。
文字通り、友だち同士でやりとりするチョコのことである。
まず義理チョコの新しいバージョンと思えばよろしい。
なかなかほほえましいと言えば言えるし、
意中の男の子がいなかったり、
いてもなかなか渡せないような女の子には、
格好の代償行為になっているのかもしれない。
しかしこれはこれで、なかなか気が重いもののようだ。
誰かにあげる、ということは、
誰かにはあげない、ということでもあり、
この選択が実に難しい。
自分がチョコをあげた子から同じようにもらえれば問題はないが、
もらえなかったら
ああ、この子は私を友だちと思っていないんだ、と傷つくし、
逆に自分があげなかった子からもらってしまうと、
ああ、どうしよう、私はこの子を傷つけてしまった、
なんて悩むことになるらしい。
おそらく今日は、全国の何百万という女の子たちが、
こんなふうにものすごーく気を遣い、
神経をすり減らすような思いをしていたのだろう。
友チョコなんていう言葉を
誰が作って流布させたのか知らないけれど、
そう考えると、なかなかむごいもんだよね。
2007年02月08日
物言えば唇寒しってか
柳沢大臣の発言の波紋がなかなかおさまらない。
女性を産む機械よばわりしただけでなく、
子どもを二人以上持つのは健全なことだ、
と発言したことが、格好の攻撃の的になっているのだ。
さっきもテレビを見ていたら、
「女性が子どもを産んでくれないと困る」とは
どういうことだ、
なんてかみついている女性議員がいた。
柳沢さんは百回も答弁に立ち、一分ごとに謝っていたとか。
ちょっと待て。
いや、ごめんなさい。待ってください。
少子化問題というのはつまるところ、
柳沢さんが言うとおり、
「女性が子どもを産んでくれないと困る」
ということじゃないんでしょうか。
彼が言いたかったのは、
女性ひとりひとりを見たときには
産むか産まないかは個人の自由に違いないが、
社会全体を見たときに、
みんなが産まない選択をしたらこりゃえらいことになる。
という極めて当たり前のことであって、
何も「こどもを産まない女性は困る」と言っているわけ
じゃない(はずだ)。
二人以上の子供を持つ夫婦を「健全」と言っているわけ
ではなく、
そうして人口が維持できる社会を「健全」と言っている
のだ(ろう)。
そりゃ、
産みたくても産めない女性がいる
子どもを産まない選択をする女性がいる
そういう女性のありかたを否定するのは許せない、
と言いたい気持ちはわかるし、
安心して子どもを産める社会環境を整えろ、という
要求もすごくまっとうだと思うのだが、
女性には産まない権利もあるのだから、
産まなくたっていいじゃないか!
というところまでいくと、
まったく理屈がわからなくなってしまう。
だってそれじゃ、
ショーシカなんてノープロブレム、ってことに
なっちゃうでしょ。
もう揚げ足取りはいいからさ、
報奨金を山のように出すとか、
大学までの教育費を無償にするとか、
そういうたぐいの実効性のある政策について議論してくれると
納税者としてはうれしいんですけど。
女性を産む機械よばわりしただけでなく、
子どもを二人以上持つのは健全なことだ、
と発言したことが、格好の攻撃の的になっているのだ。
さっきもテレビを見ていたら、
「女性が子どもを産んでくれないと困る」とは
どういうことだ、
なんてかみついている女性議員がいた。
柳沢さんは百回も答弁に立ち、一分ごとに謝っていたとか。
ちょっと待て。
いや、ごめんなさい。待ってください。
少子化問題というのはつまるところ、
柳沢さんが言うとおり、
「女性が子どもを産んでくれないと困る」
ということじゃないんでしょうか。
彼が言いたかったのは、
女性ひとりひとりを見たときには
産むか産まないかは個人の自由に違いないが、
社会全体を見たときに、
みんなが産まない選択をしたらこりゃえらいことになる。
という極めて当たり前のことであって、
何も「こどもを産まない女性は困る」と言っているわけ
じゃない(はずだ)。
二人以上の子供を持つ夫婦を「健全」と言っているわけ
ではなく、
そうして人口が維持できる社会を「健全」と言っている
のだ(ろう)。
そりゃ、
産みたくても産めない女性がいる
子どもを産まない選択をする女性がいる
そういう女性のありかたを否定するのは許せない、
と言いたい気持ちはわかるし、
安心して子どもを産める社会環境を整えろ、という
要求もすごくまっとうだと思うのだが、
女性には産まない権利もあるのだから、
産まなくたっていいじゃないか!
というところまでいくと、
まったく理屈がわからなくなってしまう。
だってそれじゃ、
ショーシカなんてノープロブレム、ってことに
なっちゃうでしょ。
もう揚げ足取りはいいからさ、
報奨金を山のように出すとか、
大学までの教育費を無償にするとか、
そういうたぐいの実効性のある政策について議論してくれると
納税者としてはうれしいんですけど。
2007年02月07日
きょうも朝日は
おとといの朝日新聞夕刊のトップを飾ったのは、
「女は産む機械」発言で総スカンを食っている柳沢大臣が
参院予算委員会で大あくびをしている写真だった。
ご覧になりました?
もう何というか、マスコミの、というか
朝日新聞の見識の低さというのは、もはや犯罪的である。
柳沢という人は、
こんな状況にあっても大あくびしてしまうような人なんですよ、
ということを伝えたいのは分かるが、
このやり方はあまりにも卑劣じゃないか。
もしいいタイミングであくびをしてくれなかったら、
憮然としているように見える写真を使ったのか。
それとも目を閉じた瞬間を撮って、
居眠りしているかのように報じたのか。
次に載せるのは、馬鹿そうに見える写真か、
腹黒そうに見える写真か。それとも
開き直った態度のふてぶてしい写真か。
いいかげんにしてくれ。
こんなことをして何になる。
新聞を「よいもの」だと素朴に信じているこどもたちが、
かくも低級なものを正義だと誤解したらどうする。
朝日といえども新聞屋の端くれなんだから、
ねちねちせずに、堂々と政策批判をすればいいじゃないか。
ぷんぷん。
「女は産む機械」発言で総スカンを食っている柳沢大臣が
参院予算委員会で大あくびをしている写真だった。
ご覧になりました?
もう何というか、マスコミの、というか
朝日新聞の見識の低さというのは、もはや犯罪的である。
柳沢という人は、
こんな状況にあっても大あくびしてしまうような人なんですよ、
ということを伝えたいのは分かるが、
このやり方はあまりにも卑劣じゃないか。
もしいいタイミングであくびをしてくれなかったら、
憮然としているように見える写真を使ったのか。
それとも目を閉じた瞬間を撮って、
居眠りしているかのように報じたのか。
次に載せるのは、馬鹿そうに見える写真か、
腹黒そうに見える写真か。それとも
開き直った態度のふてぶてしい写真か。
いいかげんにしてくれ。
こんなことをして何になる。
新聞を「よいもの」だと素朴に信じているこどもたちが、
かくも低級なものを正義だと誤解したらどうする。
朝日といえども新聞屋の端くれなんだから、
ねちねちせずに、堂々と政策批判をすればいいじゃないか。
ぷんぷん。
2007年02月06日
肩がこりこり。
どういうわけか、肩こりがひどい。
腕が上がらないし、頭痛までしてきて、憂鬱である。
体の不調を自慢するようになっちゃおしまいだが、
まったく何とかならないものか。
さて肩がこるのは日本人だけ、
という話を聞いたことがあるだろうか。
日本人には猫背が多いとか、肩の筋肉が足りないとか、
まことしやかにその原因が説かれたりもしているようだが、
どうもにわかには信じがたい。
世界はひとつ人類はみな兄弟であるという事実に鑑みて、
日本人だけ肩がこる特殊な身体構造をしているなんて、
非科学的だと思わないか。
彼らは論理的に語ることを訓練されているから、
僧帽筋と肩を厳密に区別し、わたしのこの痛みは、
肩ではなく僧帽筋のそれである、と思って答えた
のかもしれない。
あるいは、言語が未発達で「凝る」にあたる繊細な
語彙を持っていないのかもしれない。
それとも揃いもそろってウソつきで、
ほんとは凝っているくせに凝っていないと言い張って
いる可能性も捨てきれない。
どの仮説を採るにせよ、肩が凝らない、というよりは、
まだマシなんじゃなかろうか。
本邦には「瞳を閉じて」なんていう曲があるが、
外国人にどんなとき瞳を閉じるか聞いてみるといい。
彼らは驚倒し、バケモノのようにあなたを見るはずだ。
おれたちは瞳を閉じたりはしない、
まぶたなら閉じるけど、というわけである。
肩こりもおそらくはこの類なんだろう。
日本人はとかく自分たちを特殊だと思いたがる。
しかし、あなただけは特別、という話にろくなものはない。
気をつけましょう。
腕が上がらないし、頭痛までしてきて、憂鬱である。
体の不調を自慢するようになっちゃおしまいだが、
まったく何とかならないものか。
さて肩がこるのは日本人だけ、
という話を聞いたことがあるだろうか。
日本人には猫背が多いとか、肩の筋肉が足りないとか、
まことしやかにその原因が説かれたりもしているようだが、
どうもにわかには信じがたい。
世界はひとつ人類はみな兄弟であるという事実に鑑みて、
日本人だけ肩がこる特殊な身体構造をしているなんて、
非科学的だと思わないか。
彼らは論理的に語ることを訓練されているから、
僧帽筋と肩を厳密に区別し、わたしのこの痛みは、
肩ではなく僧帽筋のそれである、と思って答えた
のかもしれない。
あるいは、言語が未発達で「凝る」にあたる繊細な
語彙を持っていないのかもしれない。
それとも揃いもそろってウソつきで、
ほんとは凝っているくせに凝っていないと言い張って
いる可能性も捨てきれない。
どの仮説を採るにせよ、肩が凝らない、というよりは、
まだマシなんじゃなかろうか。
本邦には「瞳を閉じて」なんていう曲があるが、
外国人にどんなとき瞳を閉じるか聞いてみるといい。
彼らは驚倒し、バケモノのようにあなたを見るはずだ。
おれたちは瞳を閉じたりはしない、
まぶたなら閉じるけど、というわけである。
肩こりもおそらくはこの類なんだろう。
日本人はとかく自分たちを特殊だと思いたがる。
しかし、あなただけは特別、という話にろくなものはない。
気をつけましょう。
2007年02月05日
ともだかさん、こんにちは
昼寝をしたら夢を見た。
著名ななんやら研究家の友高(ともだか)さんを訪ねた。
お名前が奇しくもうちの家紋と同じというご縁で、
今日の訪問と相なったのだ。
でも、話をしているうちに気がついてしまった。
うちの家紋は「おもだか」だ。
ちがうじゃーん。
言い出せないうちに目が覚めた。
著名ななんやら研究家の友高(ともだか)さんを訪ねた。
お名前が奇しくもうちの家紋と同じというご縁で、
今日の訪問と相なったのだ。
でも、話をしているうちに気がついてしまった。
うちの家紋は「おもだか」だ。
ちがうじゃーん。
言い出せないうちに目が覚めた。
2007年02月03日
ちにくなはなし
Dという有名な国語の先生がいる。
著作が多いこともあって、
受験生の間ではいちばん有名な先生のひとりだろう。
いつだったか、この人のCD講義を聞いてみたら、
「こうして学んだことが諸君の「ちにく」となる」なんて
ことを語っていて、驚いたことがある。
言うまでもなくこれは「血肉」のことだ。
誰でもその程度の思い違いはあるものだから、
そんなことで鬼のヘソでも取ったように騒ぐつもりはない。
(首だってば)
幕間を「まくま」、思惑を「しわく」と読んでしまうくらいの
ことは、珍しくもなかろう。
ここで言いたいのは、
なーんだDなんて有名だけどダメダメじゃん、ということではない。
そんな負け犬の無駄吠え(遠吠えだってば)のようなことではなく、
誰に限らず、
生まれたときから国語が得意で仕方がなかった、なんていう人は、
おそらく国語の勉強なんてしたことがないだろうなあ、
ということである。
だからもしかしたら、国語が得意だった人ほど、
じつはこういう「知っているつもりで間違っている言葉」が
たくさんあるんじゃないか。
ぼくも大学入試のときですら、
おそらく国語は1時間も勉強しなかったクチだが、
得意と思っていたからこそ、
とてもここには書けないような恥ずかしい間違いを
たくさんしてきたものである。
大学生になるまで「節」という字は竹かんむりの下に
「郎」ようなテンを付けると思っていたし、
版図を「はんず」と読んでいたし、
「母」の書き順も違っていたし、
カタカナの「ヲ」の書き方なんて、ついこの間まで
知らなかった。
こういうことは漢字の勉強をしていれば、
おそらく確実に避けられることである。
つまりこれは、
おれは国語が得意だもんね、なんて慢心している人よりも、
苦手と思ってこつこつ勉強している人の方が、
やがては正しい言葉を使えるようになる可能性が高い、
ということである。
アリとキリギリス(ウサギとカメだっでば)の教訓は、
いまだに古びてはいないのだ。
おまけ:
血肉(けつにく)、幕間(まくあい)、思惑(おもわく)、
版図(はんと)、ヲの書き順/よこよこななめ。
著作が多いこともあって、
受験生の間ではいちばん有名な先生のひとりだろう。
いつだったか、この人のCD講義を聞いてみたら、
「こうして学んだことが諸君の「ちにく」となる」なんて
ことを語っていて、驚いたことがある。
言うまでもなくこれは「血肉」のことだ。
誰でもその程度の思い違いはあるものだから、
そんなことで鬼のヘソでも取ったように騒ぐつもりはない。
(首だってば)
幕間を「まくま」、思惑を「しわく」と読んでしまうくらいの
ことは、珍しくもなかろう。
ここで言いたいのは、
なーんだDなんて有名だけどダメダメじゃん、ということではない。
そんな負け犬の無駄吠え(遠吠えだってば)のようなことではなく、
誰に限らず、
生まれたときから国語が得意で仕方がなかった、なんていう人は、
おそらく国語の勉強なんてしたことがないだろうなあ、
ということである。
だからもしかしたら、国語が得意だった人ほど、
じつはこういう「知っているつもりで間違っている言葉」が
たくさんあるんじゃないか。
ぼくも大学入試のときですら、
おそらく国語は1時間も勉強しなかったクチだが、
得意と思っていたからこそ、
とてもここには書けないような恥ずかしい間違いを
たくさんしてきたものである。
大学生になるまで「節」という字は竹かんむりの下に
「郎」ようなテンを付けると思っていたし、
版図を「はんず」と読んでいたし、
「母」の書き順も違っていたし、
カタカナの「ヲ」の書き方なんて、ついこの間まで
知らなかった。
こういうことは漢字の勉強をしていれば、
おそらく確実に避けられることである。
つまりこれは、
おれは国語が得意だもんね、なんて慢心している人よりも、
苦手と思ってこつこつ勉強している人の方が、
やがては正しい言葉を使えるようになる可能性が高い、
ということである。
アリとキリギリス(ウサギとカメだっでば)の教訓は、
いまだに古びてはいないのだ。
おまけ:
血肉(けつにく)、幕間(まくあい)、思惑(おもわく)、
版図(はんと)、ヲの書き順/よこよこななめ。
2007年02月02日
怪しい者じゃありませんってば
寒いのは苦手だが、嫌いではない。
歩くのは寒いが、苦手ではない。
今日もうんと遠回りをして歩いてみた。
寒かったんだけど。
自宅から教室までは真面目に歩けば15分で着くはずなのに、
近ごろは1時間近くかかることもある。
ちょっと遠回りするつもりでも、
知らない道ではほぼ確実に迷うので、
ちょっとでは済まなくなることがあるのだ。
もう十年以上通っている道で迷うというのは、驚くべきことである。
それも徒歩によるごく限られた範囲で迷えるのだから、
すでに異能といってよい。
そうそうずいぶん前になるが、
ふらふら歩き回っているうちに
雑木林の奥に迷い込んでしまったことがある。
方向音痴の者にとっては、
雑木林と樹海の違いは、ただ規模の違いでしかない。
冗談ではなく、ほんとうに出られないような気がした。
冬なのに汗だくになったから、けっこう本気で焦っていたのだ。
そのうちにどこをどう歩いたのか、
ようやく林の向こうが透けて見えた。
わーい、と喜んでがさがさ藪をかき分けて出てみたら、
そこに広がっていたのはユーカリの畑だった。へ?
夢の話ではない。
ここ名古屋の動物園にはコアラ様がお住まいなのである。
ユーカリの葉っぱは八百屋じゃ買えないから、
栽培していることに何の不思議もない。
しかしまあ、あれね。
ユーカリ畑があるなんて予想もしていなかったから、驚いたです。
コアラちゃん用だということくらいは分かるけど、
いかにも唐突な感じじゃないですか。
なーんでこんなところに、と思ったが、
藪の中からがさがさと、
コートを手にして汗かいたおっさんが出てくる方が、
よっぽど場違いってもんだよなー。
歩くのは寒いが、苦手ではない。
今日もうんと遠回りをして歩いてみた。
寒かったんだけど。
自宅から教室までは真面目に歩けば15分で着くはずなのに、
近ごろは1時間近くかかることもある。
ちょっと遠回りするつもりでも、
知らない道ではほぼ確実に迷うので、
ちょっとでは済まなくなることがあるのだ。
もう十年以上通っている道で迷うというのは、驚くべきことである。
それも徒歩によるごく限られた範囲で迷えるのだから、
すでに異能といってよい。
そうそうずいぶん前になるが、
ふらふら歩き回っているうちに
雑木林の奥に迷い込んでしまったことがある。
方向音痴の者にとっては、
雑木林と樹海の違いは、ただ規模の違いでしかない。
冗談ではなく、ほんとうに出られないような気がした。
冬なのに汗だくになったから、けっこう本気で焦っていたのだ。
そのうちにどこをどう歩いたのか、
ようやく林の向こうが透けて見えた。
わーい、と喜んでがさがさ藪をかき分けて出てみたら、
そこに広がっていたのはユーカリの畑だった。へ?
夢の話ではない。
ここ名古屋の動物園にはコアラ様がお住まいなのである。
ユーカリの葉っぱは八百屋じゃ買えないから、
栽培していることに何の不思議もない。
しかしまあ、あれね。
ユーカリ畑があるなんて予想もしていなかったから、驚いたです。
コアラちゃん用だということくらいは分かるけど、
いかにも唐突な感じじゃないですか。
なーんでこんなところに、と思ったが、
藪の中からがさがさと、
コートを手にして汗かいたおっさんが出てくる方が、
よっぽど場違いってもんだよなー。


